知的障害・発達障害
過去4年半ほど遡って障害基礎年金2級が支給(広汎性発達障害)

出生時に異常はなく、発達について指摘を受けることもなかった。小学校・中学校・高等学校は普通学級に通学し、最終学歴は大学である。授業の理解に苦労することはあったが、医療機関を受診することはなかった。その後、就職したが、いずれの職場でもうまくいかず、数か月で解雇になることが続いた。その様子を見た母親の提案で病院を受診し、当初は適応障害と診断され、後に発達障害と診断された。医療機関で障害年金制度の説明を受け、インターネットで弊所のホームページを見つけ、相談に至った。

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知的障害・発達障害
3歳児健診で自閉症と診断をされるもその後大人になるまで受診歴なし(軽度精神遅滞)

母親が子供の頃に死去。父親との同居が困難な状況になり生活保護課が介入。相談室からの依頼があった。保護課の流れ、相談室からのお話、ご本人とのヒアリングから現在は生活保護受給中。グループホーム入居。そこに隣接するB型事業所に通所。ということがわかりました。また、本人もできることなら年金と自己の就労でやっていきたいというお気持ちはあるということもわかりました。ご本人の幼少期の様子を聞けるお身内がおらず、生活保護課や相談室、知的障害者更生相談所からの資料、さらには、現在のグループホームやB型事業所のスタッフ等から集められる情報をできるだけ集めて、ご本人のことを的確に判断してもらえる申立書を作成しました。

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知的障害・発達障害
父親の会社に在職中のまま障害厚生年金での請求(自閉症スペクトラム障害)

小学校・中学校・高等学校は普通学級に在籍し、4年制大学を卒業した。乳児健診等では異常の指摘はなかったが、幼少期から強いこだわりがあり、友人関係の構築ができなかった。学業面では大きな問題はなく、無事4年制大学を卒業した。大学卒業後は就職先が決まらず、父親が経営する会社に事務職として就職したが、実際にはほとんど業務をこなすことができなかった。母親も同じ会社で事務をしており、担当業務は母親の補助にとどまった。やがて母親が病気で亡くなり、その後は会社に通うことすらできなくなった。自宅に引きこもりがちな生活となり、その様子を心配した父親が、障害年金の受給や今後の生活支援について相談を行った。

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知的障害・発達障害
相談室からの勧めで。ご自身は「たぶん無理だろう・・・」と仰りながらの申請で2級決定(広汎性発達障害・多動性障害)

【相談室からの勧めで。ご自身は「たぶん無理だろう・・・」と仰りながらの申請で2級決定(広汎性発達障害・多動性障害)】小学校・中学校・高等学校は普通学級に在籍し、専門学校を卒業した。幼い頃からこだわりが強く、自身の子どもが発達障害と診断されたことをきっかけに、他者からも受診を勧められ受診した。その結果、ご本人も発達障害であることが判明した。3人の子どもの子育てに日々翻弄され、特に発達障害を持つ子どもへの関わり方がわからなくなり、日常生活にも支障をきたすようになった。この状況から相談室が介入し、障害年金の申請に関する相談へと発展した。

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知的障害・発達障害
永久認定か有期認定は大きな違い!20歳になるのを待って請求(軽度知的障害・自閉スペクトラム症)

【永久認定か有期認定は大きな違い!20歳になるのを待って請求(軽度知的障害・自閉スペクトラム症)】1歳半の健診時に言葉の遅れを指摘され、検査の結果自閉症と診断。以後、小学校、中学校と特別支援学級。高等支援学校に進んだ。申請時点はB型支援の事業所に通っており、工賃は時給240円。20歳になるので障害年金の申請をしないといけないと思っていたところ、知人から弊所のことを聞いたとお母様からご連絡。

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