連絡手段は病院のみ。受診日にあわせて面談をし、障害認定日に遡って2級が決定(双極性感情障害)
連絡手段は病院のみ。受診日にあわせて面談をし、障害認定日に遡って2級が決定(双極性感情障害) 経営していた会社の倒産や離婚が重なり、生活環境が大きく変わった。その後は生活保護を受けながら引きこもりがちな生活を続けたが、体調や気分が優れない状態が長く続いた。母親の勧めで精神科を受診し、双極性障害(双極性感情障害)と診断された。病院や保護課から障害年金請求を勧められていたが、体調不良のため手続きを進められず、障害年金請求について弊所に相談があった。
初診は20年以上前、5年程前に途中まで行うも完結できず。ようやく決まった障害基礎年金2級(双極性感情障害)
元々真面目で手を抜けない性格であり、落ち込むことが多く、学生時代からメンタルクリニックに通院していた。社会人になってからは、身近な人の不幸や劣悪な職場環境が重なり、精神状態がさらに悪化した。長年にわたり通院と服薬治療を続けたが症状は改善せず、転院。転院先で双極性障害と診断された。
部屋はゴミ屋敷!ご親族から身の回りの様子を聞いて請求 遡って障害厚生年金3級が決定(高次脳機能障害)
「部屋はゴミ屋敷!ご親族から身の回りの様子を聞いて請求 遡って障害厚生年金3級が決定(高次脳機能障害)」勤務中に意識を失って救急搬送され、検査の結果、右前頭葉に腫瘍が見つかり手術となった。脳の大部分を切除したため、医師からは「何らかの影響が残る可能性がある」と告げられ、ゆっくりと療養していた。退院後、日常生活や職場において、以前は当たり前にできていたことが全くできなくなっていることが判明した。
今後の生活や仕事に大きな不安を抱え、ご親族と一緒に弊所へご相談にお越しいただいた。
精神と肢体の診断書を提出し、併せて障害厚生年金1級が決定(若年性ミオクロニーてんかん)
【精神と肢体の診断書を提出し、併せて障害厚生年金1級が決定(若年性ミオクロニーてんかん)】子供時代には知的障害や発達障害の兆候は見られず、病院で診察を受けたことも、健診で指摘されたこともなかった。大人になってからも一般企業で働き、普通に就労していたが、40歳頃に職場で突然倒れ、病院へ搬送された。その後、複数の医療機関を受診し、ミオクロニー発作と診断された。
軽度知的障害が後から判明し認定日請求に切り替え 20歳に遡って障害基礎年金2級決定(軽度知的障害・統合失調感情障害)
小学校、中学校、高校は普通学級に通った。専門学校を卒業した。19歳で初診を受け、その後、何件か転院を重ねた。特に2件目の主治医には、病状を上手く伝えられず、理解してもらえていないと感じていた。年金請求について、何をどのように進めたらよいのかわからず、不安そうにお母様と一緒にご相談に来た。